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2020.03

2020.03.12 15:09
記録に残る戦国期櫛渕家の重臣
2020.3.13更新 櫛渕達夫【大栗縫殿助兼正】Ooguri Nuidennosuke Kanemasa 1503年(文亀3)秋元和泉守盛貞が攻め落とした、細川家に反抗した大野城主の家老。大野城主が生国から召連れてきた家老で、大野城落城後は大栗縫殿助兼正を大野城の城代に任じ、盛貞二男の次良五郎盛利が成長したところで、大野城に派遣し大栗兼正と交代した。(1835年.秋元成立書.p0082)(櫛渕町史.p129) 秋元盛貞の家老、知行500貫。(櫛渕町史p128)【庄野兵馬元吉】Shouno Hyouma Motokichi 秋元盛貞の家老、知行400貫。(櫛渕町史.p128)【小野利右衛門一延】Ono Riemon Kazunobu 秋元盛貞の家老、知...

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